
【連載】LEADERS SESSION~トップが語るリテールの明日~

リテール業界/マーケティング業界のトップランナーとフェズ代表の赤尾が「リテール産業の明日」を語り合う新連載。
第1回目は、書籍『売上の地図』『業界別マーケティングの地図』(ともに日経BP)などの著者であり、延べ5万人以上のマーケター指導に関わる株式会社トライバルメディアハウス 代表取締役社長の池田紀行氏との対談をお届けします。
前編(3/17公開)では、FMCGマーケティングの現在地やAI時代の購買行動がもたらす変化について語りました。
今回の後編では、AI時代に求められるマーケティング組織やマーケターへのアドバイスを伺いました。
赤尾:フランス発の買い物・健康アプリに「Yuka」というものがあります。消費者が店頭で商品のバーコードをスキャンすると、成分をベースにした評点が表示される。評点が悪い商品には、代替品がレコメンドされるそうです。2025年時点で、欧州や北米を中心に6,000万人以上のユーザーがいて、消費者の購買行動に大きな影響を与えているようです。
消費者がAIと会話しながら購買の意思決定をするという行動変化もそうですが、これまでの広告のあり方、価値そのものが大きく変わる気がします。
池田:変わるでしょう。間違いなく、その価値は大きく変化します。
ユニクロの商品は、もうバーコードではなくタグ認識で決済できますよね。あれは商品にチップ(RFIDタグ)が付いているからです。今はまだ1個5〜10円くらいするらしいですが、これが1個1円を切る価格になれば、150円のペットボトル飲料や98円の豆腐にもチップが付くようになる。
アレルギー情報や成分がチップに埋め込まれ、スキャンすら不要になる。
さらに10年後には、AIoT(AI✕IoT)生活家電によって人間の健康状態は常にウォッチされ、保険料もダイナミックプライシングで変動する。「あなたはジャンクフードばかり食べていて、ほとんど運動せず、コレステロールが高くて血圧も高いから、来月から保険料が上がります」といった具合に。
そうなれば、AIエージェントが健康状態に合わせて「こういう献立で、この調味料を使って食べなさい」と指示してくるのは必然です。
そのとき、「この商品はいいですよ」と広告で訴えかけることに、どれほどの意味があるのか。20年後の4コマ漫画で「昔の人類はそんなことをしていたらしい」と笑われているかもしれません。
赤尾:駅員さんが切符を切っている光景に近い感じですね。
池田:まさに。広告がなくなることはないでしょうが、トム・クルーズの映画『マイノリティ・リポート』のように、網膜に埋め込まれたデバイスを通じて、超リアルタイム・パーソナライズ化された広告がマスレベルで実行される。そんな世界が実現する可能性は極めて高いです。
2050年には、今話していることのほとんどが実現しているはずです。

赤尾:前編でもお話があったように、リアル店舗はなくならないものの、3割くらいはECやAI経由の購買に移行していく可能性があるのではないでしょうか。今の利益率で経営している小売企業様にとって、売上が3割減るのは大打撃です。店舗の統廃合は今後も進んでいくでしょう。
池田:そうなると、小売店も生き残りをかけてプライベートブランド(PB)を強化せざるを得ません。自分たちの店でしか買えない魅力的なPBがなければ、他店との差別化ができないからです。
赤尾:小売店がPBを強化すれば、ますますナショナルブランドメーカー(NB)が厳しくなりますね。
池田:さらに、AIによるホワイトカラー業務の代替・自動化が進み、所得が下がれば、消費者はますます価格の安いPBを選ぶようになります。「このブランドでなければダメだ」という強い指名買いの状態を作っておかないと、NBが入り込む隙間がなくなってしまう。
以前、あるNBの方に聞いた話が示唆に富んでいます。PBの日常的な調味料はそのNB商品より20〜30円安い。でも、この調味料は1本なくなるのに1カ月くらいかかる。その1カ月間、たった20〜30円を節約したことで、あまり好きではない商品が冷蔵庫に入っていることにストレスを感じるくらいなら、30円高くてもそのNB商品を買う、という人が多いそうなんです。この「30円高くてもあなたを選ぶ」という状態を、どれだけ作れるかが勝負になるのでしょうね。

赤尾:さまざまなメーカー様とお話していると、店頭が重要であることは理解されている一方で、マーケティング領域と店頭(営業)領域を総合的に判断して戦略を立てる、という点で課題をお持ちのように感じます。
池田:極めて難しい課題だと思います。多くの大手企業において、マーケティング領域と店舗(営業)領域の連携における課題は根強く残っています。ブランドマネージャー制を導入して、ブランドのPLに全責任を持たせる組織体制へと変革しなければ本質的な改善は難しいのではないでしょうか。
赤尾:売上がじわじわとしか下がらないうちは、大きな組織改革は起きにくいのでしょうね。極端に下がれば、経営の危機感も高まるのでしょうが。
池田:人々の買い物習慣や買う場所は、いきなりガラッと変わるものではありません。「5年経ってみたら、だいぶ下がったね」という変化です。
対前年比96%であっても、それが複利でどんどん下がっていって、5年後には20%も売上がなくなっていた、ということに気づく。でも、その時にはもう手遅れですよね。
さらに、組織の人事制度も課題の一つです。多くの企業では、ジョブローテーションによって社員が短期間で異動するため、長期的なブランド育成への関与が難しくなります。短期的な売上増加が評価やインセンティブに直結する仕組みでは、みんなそちらに注力しますよね。
今、身をかがめて未来のための投資をする人が、評価されにくい状況になり誰もやらない(やりたくてもやれない)仕事になってしまうのです。
赤尾:まさに。短期的なPLに囚われてしまうんですよね。
池田:これを変え、未来のブランド価値を上げるには、3年後、5年後のブランド価値を何らかの指標で評価し、それが向上したらインセンティブを与える、という仕組みをつくるなど、トップが未来から逆算した組織づくりを推進する必要があります(が、難しいですよね・・・)

赤尾:ここまで、リテール産業に起こり得る変化についてさまざまな角度から伺ってきました。ドラスティックなゲームチェンジが起こり得るタイミングでマーケティングに携わっておられる皆さんに、何かアドバイスをいただけますか。
池田:「ブランディングだ」という話になると、途端に顧客との対話が、ニーズが、ベネフィットが、いやいや差別化だ独自性だと難しく考えてしまいがちです。しかし、消費者の購買行動は、必ずしもそこまで複雑な思考から生まれているわけではありません。
「疲れたな、もうひと頑張りしなきゃ」というときに、何を思い出すか。ただそれだけです。
特定のカテゴリーエントリーポイント(ドア)が開いたときに、真っ先に自社の商品がそこにある状態。それが「ブランディングされている」ということです。社名やロゴを変えたり、おしゃれな雰囲気にするということではありません。
「思い出してもらえるか」、そして「思い出したらすぐに買える状態にあるか」。この2つをベースに考えるべきです。
AIもデジタルも、いろいろなものは変わっていきます。しかし、マーケティングの本質は「人間の営みを科学し、再現性を高めること」だと私は思っています。
人間という、極めて非合理な活動を、あたかも合理的に装いながら生きる、奥深い存在。その人間が、環境変化の中でどのように物事を考え、意思決定し、行動していくのかを追求する。そして、それが未来にどう変わっていくかを想像し、今から準備する。それがマーケティングの醍醐味だと思います。
「どのAIプラットフォームが優秀か」といった枝葉の話はどうでもいい。もっと大局的に、人間の営みが2030年、40年、50年にどう変わるのか。それこそ、お酒でも飲みながら、みんなでワイワイ話すところから始めてもいいのではないでしょうか。
確かなことは一つだけです。明日、来年は今日の延長線上ではない。リフレーミングとパラダイムシフトが求められています。
そして、もう一つだけ付け加えるなら、これからの未来に適応していくのは、総合格闘技のような世界です。だからこそ、今のうちに、最後のチャンスだと思って、マーケティングの基礎理論は一通り学んでおくべきです。
「こんな理論は古い、通用しない」と言う人がいますが、それは基礎を知っているからこそ、「この局面では使えない」という判断ができるわけです。
基礎がないままでは、ずっと表面的なところで滑り続けているに過ぎません。手軽な情報に触れて満足している場合ではない。
いまこそ理論書を読みなさい、と感じます。
赤尾:本当にそうですね。生成AIに何でも質問できる時代になりましたが、出てきた答えが正しいか判断し、使いこなす側になるには、基礎があってこそ。基礎がなければ、AIに操られてしまう。
池田:その通りです。自分の中に「こうであるはずだ」という仮説や正解めいたものがあるから、AIのアウトプットに対して「これじゃないな」という違和感を持ち、修正できる。真っ白な状態で「これです」と言われたら、信じるしかありませんから。
料理に詳しくない人が、AIにおいしいレシピを作らせることができないのと同じです。
厳しい時代ではありますが、人間の営みへの探究心と、それを支える揺るぎない基礎があれば、未来は決して暗いものではありません。変化を楽しみ、未来を自らの手で創り上げていく。そんな情熱を持ったマーケターが、これからの時代を切り拓いていくのだと信じています。