.png&w=1920&q=75)
2030年までが勝負?トライバルメディアハウス・池田紀行氏と語るFMCGマーケティングの明日(前編)

リテール業界/マーケティング業界のトップランナーとフェズ代表の赤尾が「リテール産業の明日」を語り合う新連載。
第1回目は、書籍『売上の地図』『業界別マーケティングの地図』(ともに日経BP)などの著者であり、延べ5万人以上のマーケター指導に関わる株式会社トライバルメディアハウス 代表取締役社長の池田紀行氏との対談をお届けします。
前編では、FMCGマーケティングの現在地やAI時代の購買行動がもたらす変化について語り合います。
マーケティングが、人類史上での役割をいよいよ終えるんじゃないか
赤尾:FMCGメーカーのマーケティングに、今何が起きているのか、昨今の変化をどう捉えていますか。
池田:最近、地球史とか人類史が大好きなんですけど、その時間軸で考えると、マーケティングというものが本格的に普及してまだ120年、日本では戦後の70年くらいなんです。AIの進化もあって、このマーケティングというものが、人類史的な時間軸で見たときに、大きな役割を終える局面に入っているのではないかと感じています。
私は人の営みを科学して再現性を高めるマーケティングという実践的学問が大好きです。松下幸之助氏の「水道哲学」のように、物がなかった時代には「もっといいものを」「もっと安く」というニーズがありました。でも今は、どの店でどの商品を買ってもすべてが最高の商品で、コモディティ化と価格競争にあふれています。
今のFMCGメーカーのマーケティングは、「一度満たされ終わった中で、さてこれからどうしましょうか」というフェーズに入っているのだと思います。かつては60点を70点に、70点を80点にする戦いでした。でも今は、99.8点を99.81点にするような、微細な差を競う戦いになっているのが実態ではないでしょうか。

マーケティングの力で、経営にインパクトは出せるのか
赤尾:私はもともと事業を作ってきた側の人間なので、「マーケティングの力は経営にインパクトを出せるのか」という問いを常に持っています。素晴らしいブランディングの力やマーケティングノウハウを持っているメーカー様でも、長い時間軸で見たときに、その力が経営にインパクト与えているかというと、必ずしもそうではないケースもあるように感じます。
池田:その観点で言うと、私は「経営においてマーケティングが担う要素が極めて大きい」と思っています。マーケティングが成功しているにも関わらず、商売が繁盛していない企業はほとんど見当たらないでしょう。ただし、それはマーケティング=「広告」ではなく「いい商品を作って、適正な値付けで、適切な場所で提供する」ことまでがセットです。
困っている方に、適切な商品を、適切なタイミング、場所、価格で提供することがマーケティングだとすれば、それはまさにお金を稼ぐ力、つまり経営力と直結していると私は考えています。
赤尾:だとすると、各企業ごとに「本来担うべきマーケティング活動」に足りない点がある、という理解ですね。
池田:その通りです。かつては社会が未成熟で、技術も流通も未発達でした。人々の生活の中には、未充足なニーズがたくさんあったわけです。マーケティングとは、その未充足なニーズを持つ人を見つけ、ニーズを満たす商品やサービスを提供することで、「穴」を埋めていく作業でした。
しかし今は、お金さえ払えば大抵のことは満たされる時代になった。つまり、埋めるべき「穴」がかつてに比べると非常に少なくなってきた。この表現が一番しっくりくるかもしれません。
赤尾:大きく埋めるべきところは、もう埋められてしまった、と。
池田:はい。そして、その状況が最も顕著に現れているのが、コモディティ化が進んだスーパー、コンビニ、ドラッグストアで売られるFMCGの領域なのだと思います。
マス層の消滅とメディアの細分化がもたらした複雑性
赤尾:『売上の地図』は、この数年で変化しましたか?
池田:『売上の地図』で整理した、売上という結果に影響を与える変数の因果構造自体に、何か新しい変数が登場したわけではありません。バージョンアップはしていますが、それはより整理整頓されたという変化です。
ただ、この3〜4年で「想起と売り場の重要性」が、さらに強まったと感じますね。

『ブランディングの科学(バイロン・シャープ 著)』でCEPs(カテゴリーエントリーポイント)という概念が整理されましたが、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)から4P(Product, Price, Place, Promotion)を設計しても、なかなか売れない。
もちろんSTPは大事ですが、いい商品を作って、価格を決めて、チャネルを選んで、広告を打ったとしても、そもそもお客さまに想起されなければ意味がありません。その上で、フィジカルアベイラビリティ(買い求めやすさ)が確保されていないと、結局購入には至らないのです。
STPも4Pも悪くない。それでも売れないのは、戦略は良い、個別の4P施策も良い。でもそれが、購入に直結する「思い出されやすさ(=メンタルアベイラビリティ)」と「買い求めやすさ(=フィジカルアベイラビリティ)」と接続されていないことが課題かもしれません。STPで戦略を設計する。その上で、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティが最大になるよう、4Pを設計し、実行する視点が重要だと思います。
赤尾:そうした中で、テレビ中心だったマスメディアから、個人間で情報が伝達/拡散されるようなメディア環境への変化は、マーケティングにどのようなインパクトを与えていると捉えていますか?
池田:昔は、冷蔵庫や洗濯機といった「三種の神器」のように、みんなが同じものを欲しがる巨大なマスの市場がありました。何百万人、何千万人が同じ商品を欲しがっているから、その人たちにマスメディアを通じて情報を届けさえすればよかった。
つまり、マスの商品、マスメディア、マス層という、それぞれの「サイズ」が一致していて、マーケティングが非常にシンプルで効率的だったわけです。
しかし最近は、人々のニーズが細分化し、かつてのような巨大なマス層は、より小さなトライブ(共通の興味関心を持った集団)へと分解されています。それは年齢や地域といったデモグラフィックな括りではなく、「こんな雰囲気」「こういうライフスタイル」といった、より小さな集団です。
マスメディアを見ている人も減りましたが、それ以上に、メディアのサイズ(マス)とターゲット層のサイズ(トライブ)が合わなくなり、費用対効果が見合わない状況になっている、という話なんです。
だから、YouTubeで細かくターゲティングして届けたほうがいい、というようにメディアも小さくなっていく。そうなると、この商品を、このメディアで、この人に伝える、ということを無数にやっていかないと、売上が積み上がらない。
ただ、マスメディアが完全に死んだわけではありません。今現在でも、数百万、数千万人単位で買われている一般消費財(=日用品)は、まぎれもなく「マス」です。数千万人の認知率を6〜7割取ろうというときに、デジタル広告だけでやろうとしたら、とてつもなく大変です。
今は、この商品はマス層向け、この商品はニッチ向け、というように、バリエーションを組み合わせていかなければならない。そこがマーケターにとって大変な時代になったのだと思います。

AIに買い物を代行させる時代、想起の固定化が起きる
赤尾:AIの登場によって、購買の意思決定の仕方も変化してくると思いますが、池田さんはどう見ていらっしゃいますか?
池田:FMCGに関しては、昔から持っている仮説があります。FMCGの購買は、ほぼすべてが「習慣購買」です。在庫がなくなったから補充する、という買い方ですね。「あ、ビールがなくなりそうだ。いつものブランドを買っておかなきゃ」という行動です。
基本的には、今使っている商品が第一想起(最初に思い浮かぶブランド)と直結します。だから、何も刺激がなければ、同じものを買い続ける力学が働く。トップシェアのブランドが第一想起されやすく、第一想起されるからトップシェアを維持できるのです。
ただ、人間は飽きるし、いろんなものを試したい生き物です。「俺はスーパードライしか飲まない」と言っている人の家の冷蔵庫を開けると、いろいろな銘柄のビールが入っているように、消費者が特定のブランドに固定せず、「いろいろなブランドや商品を試してみたい(バラエティーを求めたい)」という心理、すなわち「バラエティーシーキング」が働くため、浮気したくなるわけです。ですから、知られていること(助成想起)が大事で、さらに言えば、できれば(純粋想起の)第三想起までに入っておくと、サイコロの目がたまに出て、ある一定の確率で買ってもらえます。
しかし、第一想起のブランドがメインで使われることに変わりはないので、ライフタイムバリューは第一想起ブランドが圧倒的に高い。だから、できれば1位がいい、最低でも3位までには入りましょう、と言い続けてきました。
では、4位以下のブランドはどうすればいいのか。チャンスは「店頭」しかありませんでした。エンド陳列や値引きです。
マヨネーズを買う人は、何も考えずにいつもの商品を1秒でカゴに入れる。その牙城を崩すには、エンドに商品を山積みにして「今日は198円です!」とやるしかなかった。棚を取る販促費を流通に支払い、かつブランド価値を毀損しながら、買ってもらう方法です。
だからこそ、「想起」を高めることが重要だと言ってきました。

そして、ご質問のAIの話です。
これまで下位ブランドが勝負できるのはブランドスイッチが誘発しやすい店頭だけでした。日本の食品EC化率はまだ4〜5%程度。家の近くに店がたくさんあり、鮮度を好む国民性から、EC化は遅れると考えていました。
しかし、AI化によって状況は変わるかもしれません。
世の中には「楽しい買い物」と「楽しくない買い物」があります。補充のための買い物はさほど楽しくない。それなら、AIに任せて送ってきてくれればいい、と考える人も増えるでしょう。
Amazonなどの大手ECがいずれ、AIとインターネットに完璧につながった「ECブランドのAI冷蔵庫」を出すかもしれません。家族構成、健康状態、ウェアラブルデバイス、トイレや洗面所のデータなどとも連携する。そして、「食べ盛りの息子さんと減塩中の旦那さんがいるご家庭には、この食材でこの献立がおすすめです。皆さん満足しますよ」とレコメンドしてくる。
「それでお願い」とスピーカーに言えば、商品が送られてくる。
そんな世界になったとき、消費者の設定は二極化するはずです。
「マヨネーズは絶対にこれ」と、どんなに安い商品が販促されてもブランドスイッチをしない設定にする人。そして、「調味料にこだわりはないから、その時々で一番安くてレビューが高いものを送って」とAIに完全に委ねる設定をする人。
買い物を「お買い物エージェント」に任せる(買い物の意思決定をエージェントに外部化する)ようになると、第一想起を取れていなかったブランドが逆転するチャンスは、店頭に行かなくなる分、より一層厳しくなります。
私は、2030年までに想起の順位を上げておかないと、もう逆転はほぼ不可能になると考えています。
赤尾:チャンスがなくなる、ということですね。
池田:そうです。脳の記憶が固定化され、無意識で買うという行為から、「意識すらしない」状態になる。多くの習慣性、補充性の買い物がAIエージェントと発達するネットスーパーやECで自動化されるようになると、ブランドスイッチを促すチャンスはどんどんなくなっていきます。
そうなると、メーカーはECに「この在庫を捌きたいなら、これだけ値引きしてキャンペーン費用を払いなさい」と言われ、延々と販売コストを負担し続けることになる。
赤尾:それは来るかもしれないですね。私も、コロナ禍を経てもなお日本のEC化率は10%未満なので、これが限界かなと思っていたのですが、AIの社会実装や高齢化による社会構造の変化が進めば、違う種類のゲームチェンジが起こりそうですね。
池田:ええ。そうなると、PB(プライベートブランド)の世界です。それなりに美味しければ代替が効くと判斷される商品は、ナショナルブランドであってもPB的な役割になり、在庫を捌くためにプラットフォーマーにお金を払い続けるしかない。
だからこそ、「あえてこれがいい」と思ってもらえるだけのプレファレンス(消費者が特定の商品を他より好む傾向)を獲得しておかないと、ブランドビジネスは立ち行かなくなるでしょう。
(後編につづく)

